2010年5月26日水曜日

The Best of Samaithu Paar

昨今、インターネットの普及により、インド料理だけでなく各料理のレシピは、さまざまなものを見ることができる。料理のディスカッションフォーラムはもとより、個人のブログでの公開により、同じ料理でもさまざまだ。実際につくってみようかなと思わせるレシピが多くなってきており、私もここ3年ぐらいはそういったところからレシピを得たりして、自分のスタイルを構築しつつある。
今のようにインターネットが普及する前は、料理のレシピは本によるところが大きかった。インド料理という分野は、日本ではマイナーな存在であるので、専門書となると大半は洋書からということになる。結構いろいろな本を買ったが、一度読んだだけで、実際に作ったりすることがなくそのままというのが大半。その原因は、料理の説明が簡素すぎて工程がよくわからなかったりすることと、写真がないので出来上がりがどのようになるのか想像できないというのが主なところ。
すくなくとも、料理の写真がついているほうが断然良い。見た目に近づけることで、料理の出来のよしあしは変わってくるのでね。
言葉の問題もある。日本語で書かれているもののほうがすらすら読めるし、わかりやすいとは思うけど、昔はほとんどそういう本が無かったので、選択の余地がなかった。特に南インドの料理専門書なんて、皆無に等しかった。そういうわけで、洋書は買ってはみたけれども、読むだけで実際に料理をつくったことがないもの、ほとんど読まないなんていうのも結構ある。先にも書いたけれども、インターネットの普及により、和書、洋書共にますます読まなくなっている。
そんな中でも、逆に昔も今もずっと手元に置いて、何かあるたびに開いたり、実際に料理を作ったりする、そういうバイブルみたいな本が数冊ある。

今から12~13年ぐらい前だったか、南インド料理という言葉も定着していない頃、レストランだって今のように南インド料理を専門に出すところなんて微々たるもので、ラッサム、サンバル、ミールスなんてものが語られることが無かった頃である。北インドのナンとタンドリーチキンがインド料理なんだとばかりに大手を振るっていた頃である。
当時私はESDという食べ歩き仲間達と、かれこれ7年ぐらい、あちこちいろいろなエスニック料理店を食べに行っていたので、料理に対してとても興味があった。特に好きだったのは、インド料理。
麹町にある老舗の南インド料理専門店「アジャンタ」は、かなりのお気に入りの店だった。もっとも、今からすると、食べていたものはアジャンタの定番のチキン・カレー、マトン・カレー、キーマ・カレーといったものをライスと一緒に食べていただけのものだったが。
あるとき私は神保町の書泉グランデの地下の料理書のコーナーで、面白い本がないか物色していた。すると最近出版されたのか、平積みされている「誰も知らないインド料理」という本に目が留まった。著者は日本人のようだ。日本人がインド料理の本を書くということも、この時はかなり珍しかったので、とても興味を持った。手にとってパラパラとめくってみると、初めの2ページぐらいに料理やスパイス等の写真が載っているだけで、あとは活字ばかりで締められていた。
主な内容として、インド料理の調理の基本と、北インド料理、南インド料理の詳細なレシピがたくさん詰まっており、日本人が抱いているインド料理の誤解を訂正するように、そして現地の様子はどうなのかということが載っている。
そのときの私の衝撃度といったら...まさに目からうろこが落ちるようだった。さっそく購入して、帰ってから一気に読んでしまった。頭をハンマーで殴られたような衝撃と興奮たるや。そして一番初めに作った料理がRasamだった。
今ではカレー伝道師として、日本におけるインド料理の普及にいそしんでおられる渡辺玲さんが最初に書かれた本だ。それから1年ぐらいして「ごちそうはバナナの葉の上に」という、丸ごと南インド料理について書かれた本も出た。この2冊は私にとっては、インド料理を作るようになるきっかけとなった、とても重要な本だ。
この2冊はすでに10年は経っているにもかかわらず、今でも輝きを失わない。特に「誰も知らないインド料理」は、著者の思いが力強く文に現れており、特に後半の南インド料理について取り上げていたことが素晴らしい。当時はこの本以外に、レシピという形で出ているものは皆無だった。そして、北インドでも南インドであろうとも、インド料理を作る人にとって、基本を身に着けるには最高のバイブルだと今でも思っている。また、インド料理を作りなれている人にとっても一読する価値は大だ。たしかに写真はほとんどなくて活字ばかりだが、レシピは可能な限り詳細にわかりやすく記述されており、分量の記述も重さではなくて、小さじ、大さじ、カップでいくつといった、直感的にわかりやすく書かれている点も他の書ではみられなかったと思う。冒頭の現在の日本におけるインド料理事情についても、共感できる部分が多々あって、最初からひきこまれる。とても実践的で硬派な内容である。
一方「ごちそうはバナナの葉の上に」は、レシピだけでなくエッセイ等をまじえつつ、南インド料理についての魅力を余すところ無く書かれている。最後のほうに、南インドのトラベルガイド付きで、現地に行ったときにどういうところに行けばよいのか詳しく書かれている点もポイントが高い。「誰も知らないインド料理」、「ごちそうはバナナの葉の上に」の2冊でセット。上下巻としてとらえてもいいだろうと思う。
この2冊には大変お世話になった。購入後しばらくして、著書の渡辺さんと知り合う機会があり、グループ制の調理講習会にも2年程参加するなどして、インド料理の調理技術と考え方を育んできた。
並行して洋書の本も多数購入してみたものの、どうにもレシピの内容が気に食わなくて、なかなか手をだすことはなく、結局数年間はこの2冊と、その後に出版された「カレーな薬膳」をあわせた3冊が私のインド料理のレパートリーの大部分を占めていた。それだけ本に書かれているレシピは魅力的だったし、とてもよく練られた内容であった。
残念ながら「誰も知らないインド料理」、「ごちそうはバナナの葉の上に」の2冊は現在では絶版となっている。「誰も知らないインド料理」のほうはかなりの高値がつくプレミア本である。「ごちそうはバナナの葉の上に」は、まだ入手がしやすく、インターネットのオンラインショップや大手の書店等に行けば見つかる可能性が高い。

洋書は、レシピの数はかなりのもので、写真のほうも綺麗なものが多いのだが、いかんせん調理の詳細がわかりにくいのと、調理が面倒だったりするものがあったりで、これだというのになかなかめぐりあえなかった。なので次第に買うのがおっくうになってしまった。そうこうしているうちに、インターネットの普及によりレシピも簡単で写真も載っている、そしていろいろな人のものが見られるようになり、調理も簡単でこれなら作ってもいいかなと思えるようなものがでそろってきた。そういうわけで、ますます本は見なくなっていった。
経験が上がると、簡素なレシピであっても行間が読めるようになり、さじ加減もおおよそあたりがついてくる。そういう時期に過去に買った本を見直してみると、実は結構よかったのかなというものもあるが、それでも大部分はやはり見ない。
そういう状況の中で、ある一冊の洋書に出会った。元は友人がインド旅行に行ったときに、映画関連やなんやら大量に購入した本の中で、料理書もその中に入っていたんだが、そのうちの一冊、S.Meenakshi Ammal著「The Best of Samaithu Paar」(今回の日記の写真の本)がそれである。
あげることは出来ないので貸してあげるということになり借りた(2007年のインド旅行で私も購入した)。内容はタミルナードゥ州の伝統的なヴェジ料理本で、最初の版が出版されたのが1951年という..今からすれば、50年前もの古い歴史を持っている。この本は嫁入り道具の一つとして、持たされることが多いらしい。特に海外に赴任するときにはなおさらのようである。インド人にとっても、この本はバイブル的な扱いでもあるようだ。
著者のS.Meenakshi Ammalは女性で、当時若かりしAmmalは、料理の腕前がたいそう素晴らしく、親戚や近隣の人たちから料理の作り方を教えてくれ、レシピが欲しいとの要望が絶えなかったらしい。そのつど、書き記して渡したりしていたらしいが、あまりにも多く何度も同じことを繰り返すのに疲れてしまい困っていた。
だったら本を出せばいいと思うかもしれないが、1951年当時にレシピ本事態に怪訝な顔をする人が多かったようだ。実際インドは習い事は口伝がおおい。そんななかでも協力者の申し出により出版することになった。Samaithu Paar Cook & Seeという本。これがとても反響がよくて、その後シリーズ化することになる。現在では英語のほかにさまざまな言語に翻訳されている。
Cook & Seeが出版されてから長い年月が経ち、その間に生活様式が変わり、昔使っていた調理器具や調理も大きく変化した。それに伴い本の内容もそれにあわせた形で、装飾ももっと見栄えのよいものにしようということで、Cook & Seeよりえりすぐりのレシピを元に新たに出版されたのが「The Best of Samaithu Paar」である。
えりすぐりだけあって、なかなかの粒ぞろい。また、料理の成り立ちを研究していると、昔はどうだったのだろうと思うときがあるが、そういうときにもこの本は役に立つ。また、レシピも簡潔にわかりやすく使いやすい。ある料理では、こうこうこういうものがそうなんだという思い込みも、この本を見るとまったくそれが当てはまらなかったりする点も興味深い。写真も多くはないがあるのも良い。ときどき読んでいてハッとさせられるようなポイントもあったりして、今では私のバイブルの一つとなっている。
ただし、レシピの全てがタミルの伝統的な料理かというと、はたしてどうかなという点もある。載っているレシピはカルナタカ、アーンドラ、ケララ4州の料理も少々混じっているように思われる。もっともこれはAmmalが得意としていた料理を載せたのかなという気がしないでもない。元となったCook & Seeのシリーズを持っていないので、ゆくゆくはそのシリーズも入手したい。

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